<<思いつれづれTOP <<次へ戻る>>

2009年11月

冤罪−菅家利和さんの場合

9月24日夜6時30分より、県民文化会館小ホールにて和歌山弁護士会主催による講演会がありました。足利事件の冤罪により、17年半も刑務所に服役していた菅家利和さんと佐藤弁護士のお話を、直接聴くことができました。

―足利事件とは?―
1990年5月、栃木県足利市のパチンコ店駐車場で4歳の女児が行方不明となり、翌日渡良瀬川河川敷で遺体発見。内偵捜査を経て91年12月、DNA鑑定を頼りに菅家利和さんが連行され、「自白」して逮捕、起訴された。93年7月に宇都宮地裁で無期懲役判決、96年5月に東京高裁が控訴棄却し、2000年7月に最高裁で無期懲役が確定。02年12月の再審請求が08年2月に棄却されたが、高裁での即時抗告審で国内初のDNA再鑑定が行われ、不一致と判明。09年6月釈放された。という事件です。

菅家さんはある日突然、3人の刑事に警察に連行されます。身の覚えのない女児殺害の嫌疑をかけられ、16時間にも及ぶ尋問の末、「自白」させられてしまいます。その当時、菅家さんには「自白」することの意味や、その後の刑についての自覚がほとんどなく、ただ怖い刑事から逃れたい一心で、刑事の言うがままに調書を作成していった経過を話されました。

弁護士、検察、裁判等々の意味も良く分からなかった、ただ怖いばかりであったということでした。
その後、起訴され裁判が行われ、刑が確定してしまう過程においても「自分はやっていないのだから刑務所に入るようなことはない、誰かが分かってくれる」と思っていたと話されていました。

何時間にも及ぶ取り調べのあげく、犯人に仕立て上げられ、17年以上の時間を奪われた菅家さんの無念は、言葉では言い尽くせないと思います。

私たちが取り組んでいる狭山事件も冤罪であります。石川さんも別件逮捕の後、「自白」を強要されました。事件後40年以上が経過していますが、未だに石川さんの無実は証明されず、裁判闘争が行われています。
「自白」の強要を防ぐためにも、取調べの可視化が求められています。

民主党では、可視化法案を提出する準備をしています。「疑わしきは罰せず」といった裁判の原点をもう一度考えさせられた講演でした。